大切な人へ、想いを届けるお悔みの花

思い出すのは、いつもの表情

つぶやき

毎朝、小さなコップのお水を替えるのが私の日課です。

ほんの数分のことですが、その時間になると自然と父と母の写真に目が向きます。

「行ってきます」

「今日は暑くなりそうです」

そんなふうに、声をかけることもあります。

私が飾っているのは、お葬式のときに作っていただいた遺影ではありません。

もちろん、その写真も大切な一枚です。

けれど私が父や母を思い浮かべるとき、心に浮かぶのは別の表情でした。

母は、いつもの朗らかな笑顔の写真。

父は、「ああ、こんな表情をしていたな」と思える一枚です。

その方が私には自然で、毎朝「おはよう」と声をかけやすい気がしたのです。

以前は、遺影はお葬式のときに飾った写真を、飾るものだと思っていました。

でも今は、「自分が思い出すその人らしい表情」を飾ることも、ひとつの形なのではないかと思っています。

どんな写真を飾るかにきっと正解はありません。

きちんとした一枚でも、

何気ない日常の一枚でも、

自分がその人を思い出せる写真なら、それが我が家にとって一番自然な形なのだと感じています。

毎朝、お水を替えて、写真に目を向ける。

特別なことではありません。

でも、そのほんの数分が、一日を穏やかに始める時間になっています。

大切な人を思い出すきっかけは、人それぞれです。

写真だったり、好きだった香りだったり、ふと耳にした音楽だったり。

そんな何気ないきっかけが、暮らしの中に一つあるだけで日々の中に、

その人を想う穏やかな時間が生まれるのかもしれません。