朝、いちばんにすることは
小さなグラスのお水を替えることです。
特別なことではなくて、
ほんの数分のこと。
気づくとグラスに手が伸びています。
きちんとやろう、と思っているわけでもなくて、
気づいたら、27年続いている習慣です。
お水を替えながら、
「今日は少し忙しくなりそうです」とか、
「昨日はこんなことがありました」とか、
そんなふうに話しかけています。
返事があるわけではないけれど、
それでも、少し気持ちが整うような気がしています。
習慣といいながらも、
できていない日もあります。
その数分さえ時間が取れず、慌ただしく出かけてしまう日も…
でも、できなかったからといって、
何かが変わるわけでもなくて。
次の日にまた、何もなかったように水を替える。
そんなふうに、ここまで続いてきました。
供養、というと、
きちんとしなければいけないもののように感じてしまうけれど、
ほんのささやかなことでも、十分なのかもしれません。
お水を替えること。
少しだけ立ち止まること。
ふと思い出すこと。
その繰り返しが、
私の、いつもの朝の時間になっています。

